比治山 (71m) : 15Jul2009
広島県広島市南区


比治山に向け、広島駅から駅前通りを南下して行きます。

途中、稲荷町があり、
そこには、 稲生物怪録 (いのうもののけろく)の
妖怪退治で有名な稲生武大夫(いのうぶだいゆう)が
祀られている稲生神社があります。

右の奉寄進ののぼりには、
元広島カープの鉄人 衣笠祥雄の名前がありました。

そして左ののぼりは?と見ると、
京極夏彦、荒俣宏、
そして、ゲゲゲの鬼太郎の作者 水木しげるの
3人の名前がありました。

この3人は、どういう関係かと調べてみると、
京極夏彦は、小説家であり、妖怪研究家です。
荒俣宏も、小説家、タレントとか多種の肩書の中に、妖怪評論家とあります。
3人は、妖怪つながりのようです。

稲生神社の説明です。














お守りきつねです。
被爆をしましたが、
今でも平和、繁栄を守り続けています。



































稲生神社の全景です。
近代的すぎて、少し風情に欠けます。










駅前通り、この道を真っ直ぐ進み、
この先の2又公差を左に進むと
比治山に突き当たります。









私は、2又公差を右に進み、
京橋川に出ます。

東広島橋の東詰めには、
モニュメントがあります。







京橋川沿いを南に進みます。











京橋川沿いの道です。
平和の道と名前がついています。
木が生えて、気持ちの良い道です。

但し、この道の左手は
ラブホテル街になってます。






京橋川の向こうに見える橋は、鶴見橋です。

鶴見橋を西に向かうと平和大通り。
東に向かうと比治山トンネルです。








京橋川沿いの道を南下すると
比治山通りに突き当たります。

突き当たったところは、
広電の電停「比治山下」です。

チンチン電車で比治山へ来る人は、
ここで降ります。




広電電停「比治山下」横の交差点です。
この向いの道を
比治山に向かって登って行きます。








登山口にあった比治山周辺地図です。


















車でも登れるように、
道は舗装されています。










登り口のすぐ横に多聞院があります。









多聞院の原爆直後の写真です。

その時の鐘楼や、
この写真の左端に写っている
十三塔は、
現在も残っています。












その鐘楼と、十三塔です。













また、この多聞院には、頼山陽の一族の墓があります。

















これが頼山陽一族の墓です。
(参考までに、頼山陽自身の墓は、
京都の長楽寺にあります。)

円錐形に丸味を持たせた墓は、
めずらしいです。






右端の大きな墓には、
春水先生頼君之墓とあります。
頼山陽の父、頼春水の墓です。
この右横には、写真に写っていませんが、
頼山陽の母、梅シの墓があります。







登山道に戻って、登って行くと、
大きな木があります。

比治山の西側斜面の頂上近くにあり、
もしかすると原爆で生き残った木か?










山を上り、南へ向かうと、
放射能影響研究所があります。










放射能影響研究所の向こうに見えるのは、
NHKのテレビ塔です。










放射能影響研究所の更に南には、
旧陸軍墓地があります。










その旧陸軍墓地の説明です。

















この大きな墓碑の裏には、
木口小平氏の名前が記されていました。
白文字の箇所です。









「死んでもラッパを口から離さなかった。」と言う話を、
おじいちゃんから、聞いた事を思い出しました。

そのラッパ手
木口小平氏を
偲ぶ看板が
立っています。














ここには、駐日フランス大使の
フィリップ・フォール氏
(2008年2月13日着任)からの
花束が供えられていました。








旧陸軍墓地の南端からの眺めです。

比治山には、
夜桜見物で何度か来た事がありましたが、
今まで、こんなビューポイントがあった事は
知りませんでした。






右端の島は、似島で、
中央少し左寄りの小島は、峠島です。

似島と峠島の中間に平たく横たわっている
緑地帯が、元宇品公園です。
元宇品公園の左端に
グランドプリンスホテルがたってます。





街並みの向こうは、安芸の宮島です。











右寄りに見える小島は、峠島で、
中央少し左寄りに見えるのは、金輪島です。










中央左よりの山は、黄金山です。
この黄金山には、 黄金伝説 があるようです。










西側を見たところ。











旧陸軍墓地を出て、
南東に向かって進みます。

この銅像は、誰だ?と思って見てみると、
松田重次郎の銅像との事です。

現在のマツダ株式会社、
その前身の東洋工業を起こした人物です。




その銅像の下部にあった説明です。














この銅像のあった南東の丘から下る道です。
この道を散歩していた人から、
この道が急カーブしている辺りから
貝塚が発見されたと聞きました。








急カーブの貝塚のあった辺りです。
ここで発掘が行われたようですが、
その面影もありません。









更に道を下って行くと、
貝塚の説明がありました。










その比治山貝塚の説明です。















説明板のすぐ上の辺りです。
この辺に貝塚があったのか??










山を南に下り、山を東へ回って、
東側から、再度、山へ登ります。










テレビ塔の横を通って、
山の上を北へ進みます。
所々に公園があります。
手すりは、リスの形の柱になっています。








山の中央部にある
広い駐車場に出ます。

駐車場からは、
西側の眺めが良いです。





平和大通りも良く見えます。
5月連休は、
ここでフラワーフェスティバルが
行われます。








比治山中央部辺りには、
東側から登ってくる
スカイウォークがあります。

巨大なエスカレーターです。







スカイウォークから
現代美術館へ向かって進みます。

雲霓(うんげい)橋を渡ります。








現代美術館が見えてきました。











現代美術館の周りには、
様々な美術品があります。










現代美術館周辺の案内図です。




















現代美術館の正面入口です。











正面入口の反対側、西側には、
ムーアの広場があります。

ここにも芸術モニュメントがあります。




















美術館の館外に置かれた芸術品です。











現代美術館の北端から、
北側の景色を眺めたところ。
中央に見えるのは、 尾長山 です。









現代美術館の北端からの降り口です。














その階段を降りて、下から見上げたところ。

木に囲まれ、水が流れており、
夏場に歩くには、涼しげで気持ちが良い。











広島まんが図書館です。
花見の宴会時は、
ここのトイレにお世話になりました。









現代美術館の北側には、
このような広場があります。

この広場の周囲には、
たくさんの桜の木が植えてあります。
10年以上前になりますが、
毎年のように夜桜見物の宴会を
ここで行っていました。

今は桜の時期ではありませんが、
その時より、桜が少なくなった?

広場の北の端にもモニュメントがあります。

比治山公園の地図を見ると、
壁泉と名づけられています。








広場の端、木立の合間から景色を眺めると、
新広島球場が見えます。










スカイウォークまで戻り、
山の東側に向けて、
エスカレーターで降ります。









更にその先は、動く歩道になっており、
その先の、大型ショッピングセンターの
SATYへ繋がっています。

しかし、みんなの憩いの公園や、
現代美術館等へ行く為の
利便性向上の為とは言え、
ちょっと贅沢と感じてしまいます。




スカイウォークを下りると、
比治山を東西に横切る比治山トンネルの
東側入口が見えます。

比治山は、本当に低い山ですが、
比治山を挟んで爆心地から反対側は、
山の陰になって、難を逃れたと
聞いた事があります。

この辺りは再開発中ですが、
少し前まで昔からの街が残っていた
地域かもしれません。

その比治山トンネルを東側から西へ
抜けて出たところ。

トンネル内の歩道は、
自転車も、人も通れる十分な広さが
ありました。






広電の電停「比治山下」まで歩き、
チンチン電車で広島駅まで帰りました。










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